(83)・・・あゝスポーツジャーナリズム・・・

オリンピックにこだわるが、日本人は、「過ぎたことは水に流そう」という悪い気風がある。何ごとも、過去を検証せずして、未来への展望は開けない。
ここでは、メキシコ五輪で起きた出来事を思い出したい。
以下は、当時の記事の抜粋である。

1968年のメキシコ五輪。陸上男子200メートルの表彰式で、黒人選手2人がうつむいたまま革手袋の拳を突き上げた。陸上界からの追放と引き換えに、全世界に黒人差別への抗議を表明した「ブラックパワー・サリュート(敬礼)」は有名だ。だが、表彰台に上がったもう1人の白人選手も抗議に加わったことはあまり知られていないだろう。
米国のトミー・スミスとジョン・カーロスはそれぞれ当時の世界記録で金メダルと銅メダルを獲得した。2人がシューズを脱いで表彰台に上がったのは南部の子供たちの貧しさを表現するため。ビーズのネックレスは縛り首になった人を、黒いスカーフは奴隷船から投げ出されサメの餌になった人を思った。長い植民地主義の歴史の中で忘却され、誰にも祈りを捧げられない同胞への追悼だった。

国際オリンピック委員会(IOC)は五輪を政治運動の場にしたとして、2人を追放した。
冷戦時代の当時、東西両陣営でメダルの獲得競争が熾烈になっていた。黒人選手は競争の道具として使われた。メダルを獲得した時、彼らは米国人になれる。だが、母国に戻れば相変わらずの暮らしを余儀なくされた。

モハメド・アリの活躍があり、1960年代は米国の黒人たちが肌の色にプライドを持ち始めた時代でもある。65年にマルコムX、メキシコ五輪の直前にはキング牧師が殺害された。2人には、栄光を賭して抗議する強い覚悟があった。
この時、銀メダルを獲得したのがオーストラリアのピーター・ノーマン。彼は2人から「人権を求めるオリンピック・プロジェクト」のバッジをもらい左胸に着けて表彰台に立った。2人の気持ちに同調した彼は、拳を突き上げずとも無言の抗議に加わったのだ。

IOCはこの行為も批判した。帰国後のノーマンは激しいバッシングに遭った。4年後のミュンヘン大会、依然としてトップランナーだったのに代表に選ばれなかった。彼の記録はいまでもオーストラリア記録だ。本来ならナショナル・プライドとなるべき存在。陸上界を去った彼は酒で神経衰弱になり家庭も崩壊したという。
ノーマンは2006年、64歳で亡くなる。死んだ時もほとんどニュースにならなかった。ひっそりと行われた葬儀で、棺を担ぐ人の中にスミスとカーロスがいた。

3人はずっと連絡を取り合っていたようだ。ノーマンの死の前年の2005年、スミスとカーロスの母校である米カリフォルニア州立大サンノゼ校に表彰台で拳を突き上げる二人の銅像が完成した。だが、銀メダルの場所にノーマンの像はない。これに2人は怒り「建てるな」とまで言った。
だが、2位の場所を空けることを望んだのはほかならぬノーマンだった。彼はこんな言葉を残した。「誰もがこの場所にのぼって、そこで自分たちが信じるもののために立つことができるんだ」

現在のカーロスは新自由主義やグローバリゼーションに強く反対している。ウォール街のオキュパイ(占拠)運動に参加し、2024年の五輪招致を目指したロサンゼルスを批判した。彼は1968年の境遇と現代の格差問題を結びつけようといまも闘っている。

安倍晋三の、「フクシマはアンダーコントロール」という嘘から始まり、ガースーの「安心安全」というこれまた大嘘で終わった東京五輪。マスゴミは、金メダルばかり追いかけないで、大事な視点に注目してほしかった。

女子サッカーでは、BlackLivesMatter(BLM)(黒人を殺すな)運動への共鳴が広がり、なでしこジャパンも含めて、多くのチームが試合終了後に片膝をついて、抗議表明をやった。

女子体操の金メダル大本命のバイルズは、誰のためにやっているのか?国のために頑張らなければいけないのか?そこに虚しさを覚え、競技を中断して棄権した。チームドクターによるセクハラ事件で、バイルズの仲間は一人も残っていない。心の傷を抱えたバイルズが、自分を第一に考えてとった行動は、海外では大きな反響を生んだ。(日本では??)

次は、男子シンクロ高飛び込みで、「飛び込み王子」の愛称を持つトーマス・デーリー(英国)が、4度目の五輪で初の頂点に立った。
13年に同性愛を公表し、17年に米国の脚本家男性と結婚した。今は3歳になる息子がいる。若い頃、「自分は孤独で、どこにも居場所がない。社会の望む姿であるべきなのか」と悩んだこともあった。葛藤を乗り越え、愛すべき家族を手にした新王者は、「私はゲイであり、オリンピックチャンピオンだ」と誇らしく胸を張った。

しかし、多くのマスコミは、ここを無視し、「編み物が上手」ばかりに焦点を当てて、核心に触れなかった。多様性の東京五輪を謳うには、まだまだ後進国だということが露呈した五輪だった。

大坂なおみも含めて。海外の選手は、スポーツバカにならないように、社会的問題意識を持っていて、それを表現する力がある。残念ながら、日本低国のアスリートでは、陸上長距離の、新谷仁美ただ一人。あとは全くのお馬鹿さんばかり。メダルをかけていても、グリコのおまけにしか見えなかった。

(出典:1968年のメキシコオリンピックで片手をあげて人種差別に抗議するトミー・スミス選手とジョン・カーロス選手)
(出典:フォトAC