(168)・・・藪医者50周年・・・

誰かが、「50周年ですね。おめでとうございます」と言ったので、「あゝ、ほうじゃほうじゃ」と思い出した。何も考えず、ぼうふらのように精神科に辿り着き、ロクでもない医療を続けて、50年が過ぎたのだ。

思い返せば、精神薬ばかり無茶苦茶に処方して、「重症患者」ばかりを作り続けた。普段は、忘れるようにしているが、僕にもタイムスリップ現象(フラッシュバック)があって、苦しみにのたうち回る。もともと、ショートスリーパーだから、5時間も寝れば爆睡になるのだが、さすがに1時間、2時間睡眠のまま診療をするのは、生きた心地がしない。

ブログを読んだ人から、「最近、よう遊んどりますなぁ」と言われる。ほうよ、ほうよ。最近は、「遊ぶこと」「人生の終わり方」が二大テーマじゃけんな。「遊ぶ」と言っても、どうせ何も出来ない。ただ、書類を書いては、寝てばかりの生活だと、足が立たなくなるので、どこかに出かけ、少しでも動こうともがいている。筋トレ?リハビリ?う〜ん、人生は暇つぶしじゃけんな。

家でも、床に座ってしまうと、自分では立ち上がれない。柱でもベッドでも、掴んで立とうとするが、もうそれも出来ない。道を歩いていて、転倒すると、体幹が弱いので、頭から打ち付けてしまう。なので、リュックを背負っている。これだと、仰向けに転倒しても、後頭部を守れるからだ。

遊ぶ場所も無いので、松山周辺をウロウロ訪ね歩いている。往診では、誰にも負けぬほど路地から路地を走り続けたが、仕事しかして来なかった。道後温泉にも行った事が無く、よく考えると、松山の何も知らない。

 ほうじゃ、ブログも1周年じゃ。普通に考えたら、格調の低いげさくなブログじゃが、眉をひそめられるのを楽しみにしている。日記じゃないし、随想でもない。主義主張と言うほどじゃなく、精神医療論には程遠い。

とにかく、人は多様で何でもあり!どんな人間でも、チョボチョボじゃ。どう生きようが、どう躓こうが、刹那の人生じゃけん、好きなように生きたらええがな。主に、外来に通っている10代に読んでもらえたら…と思いつつ書いている。

あと5年、80歳まで診療出来たらええなぁ…と思うようになった。その為に、徐々に半日診療に移行中じゃけん、皆さん、協力して下さい。いつ死んでもいいように、身の回りは整理したから、あとは思う存分に死ぬだけである。坊主も墓も全て糞ったれ!じゃけど、自分で戒名も作っておいた。鯨流毒舌院穴開無頼派孤児!(穴開=アナーキー、居士じゃないよ、孤児じゃけん) ははは、冗句でござる。

人生の終わり方は、極めて難しい。要するに、医者の終わり方である。周り中を敵に回して、燃えるように生きた闘争心は、さすがに大人しくなった。しかし、体制にくみせず、常識にあらがい、不正を許さぬ感性は、持ち続けたい。餓鬼のままのアスペ星人と言われて良し。傲慢不遜の奇人変人と言われて、また良し。俗世から敬遠されてこそ、笠陽一郎じゃろうなぁ。(R4.5.4 75歳の誕生日にて)

※写真は、診察室風景+なんじゃもんじゃの樹(ロープウェイ街)+東雲公園

診察室風景
診察室風景
なんじゃもんじゃの樹(ロープウェイ街)
東雲公園