(143)・・・お千代さん・・・

 「この世の花」でデビューした島倉千代子。美空ひばりに並ぶ大歌手である。しかし、皆に愛されたお千代さんの人生は、苦難の道だった。

阪神タイガースの4番、藤本勝巳と結婚し、何千万も貢いだ末に離婚したのが、最初のつまづきだった。しかし、「からたち日記」「東京だよおっかさん」「襟裳岬」などが売れまくっていたから、返済は容易だったのに、また次の男に騙される。

ファンが投げたテープが目に当たり、その怪我で掛かった眼科医に、借金を肩代わりさせられ、挙句にトンズラされてしまう。今度は1億以上の大借金である。その時に現れたのが、細木数子だった。やくざの親分の女だった細木は、島倉の借金を棒引きにする代わりに、島倉の興行権を握ってしまう。

その頃の細木は、占いの恩師から、丸写しして盗んだニセ占星術を武器に、有名人に取り入り、マスコミに持て囃されていた。この細木は、後に経歴詐称、詐欺などで訴えられ、逃げるようにテレビから消えたが、お千代さんは、身ぐるみ剝がされ、無一文になったのだ。

「この世に神様が、本当にいたなら」(愛のさざ波)とか、「許してね 疑ったりして」(ほんきかしら)と歌いつつ、世間知らずくらい恐ろしいものは無い。お千代さんは、見たまんまの「天然さん」だったから、誰でも信じてしまうし、優しそうな人なら、好きになってしまった。

外来にも、「お千代さん」がやって来る。男に騙されて、次に「助けてやる」という男にも騙され、最後に、悪徳弁護士にまで騙される。そして、心療内科精神科に辿り着いて、薬漬けにされるのだ。

しかし、その時代も過ぎて、今やSNS上で、直接会ったこともない人に騙されるケースが増えている。何もかも売り払い、借金までして、関東の「彼氏」のところまで行った人。借金は何倍にもなり、夜の街で働かされて、やっと目が覚めた時にはもう遅いのだ。

お千代さんが、晩年に放ったヒット曲、「人生いろいろ」には、複雑な思いが込められていて、明るそうで、実は悲しい歌だった。

人生いろいろ 作詞:中山大三郎・作曲:浜口庫之助(昭和62年)

死んでしまおうなんて 悩んだりしたわ
バラもコスモスたちも 枯れておしまいと
髪を短くしたり 強く小指をかんだり
自分ばかり責めて 泣いてすごしたわ
ねぇおかしいでしょ 若いころ
ねぇ滑稽でしょ 若いころ
笑いばなしに 涙がいっぱい
涙の中に 若さがいっぱい
人生いろいろ 男もいろいろ
女だっていろいろ 咲き乱れるの

(出典:イラストAC