(184)・・・テレサテン・・・

 ふとしたきっかけで、テレサテンのドキュメントを見た。日本でも、ヒット曲を連発したが(『つぐない』『愛人』『空港』『時の流れに身をまかせ』など)、元々は、台湾、香港、東南アジアでは、「アジアの歌姫 鄧麗君」として、多くの人たちに影響を与えた。1995年、42歳の若さで死去した。死因は、気管支喘息と言われるが、暗殺説も消えない。

 このドキュメントは、ある意味では、毛沢東の裏ドキュメントである。毛沢東と聞いても、若い人には馴染みが薄いだろう。清王朝を倒して、中華人民共和国を建設した英雄である…とは、僕は思っていないけど。

分かりやすく言えば、マルクス主義の皮をかぶった狼であり、清王朝に代わって、毛王朝を作り上げた独裁者である。そういう意味では、ソ連のスターリンに似ているが、自国民を大量に殺した(7000万人?)と言うなら、圧倒的に毛沢東だろう。ヒトラー(ナチスドイツ)やスターリン(ソ連)と並び、世界三大殺戮者と言われる。

 ベルリン(ドイツ)の壁崩壊に続くソ連の崩壊、民主化は、ゴルバチョフのペレストロイカ(再革命)+グラスノチ(情報公開)によって加速化したが、実は、民衆のエネルギーになったものは、スコーピオンズやボンジョビのロック音楽だったと言われている。

 それと同じように、中国や香港の民主化運動の広がりの裏には、テレサの歌声があった。テレサには、本来、民主化や反権力の思想も無かったが、その歌声には、閉鎖された中国社会の雪解けを促す作用があったらしい。

 中国の一党独裁、偶像崇拝、恐怖政治の裏には、毛沢東の異常なまでの権力志向があった。政敵を粛正し、民主化運動のデモ隊を虐殺し、農民運動までも弾圧した。紅衛兵の若者たちを扇動して、政敵を虐殺し続け(文化大革命)、その勢いが我が身に及ぶようになると、手の平を返すように弾圧し、一人残らず消し去ってしまった。

国内に、20か所以上の別荘や保養所を持ち、我が世の春を謳歌した毛沢東も、民主化の波が怖かったのだろう。二度の天安門事件の犠牲者は、その数さえ闇に葬られた。

 日本でも、スターリン批判が遅れ、毛沢東批判もタブー視された。その一点で、日本共産党は信用を失い、多くの革命思想家や若者、学生たちは、反日共系の党派を作り、後の全学連、新左翼運動に繋がって行く。

 あの頃、毛沢東思想を神様のように信奉した人たちが、今どうしているのか知らない。あんなインチキすら見抜けなかったとしたら、やはりハシカにかかっていたのだろう。毛沢東のエピソードは、醜い人間性を垣間見せるものばかりだが、一つの例をあげておきたい。

毛沢東は、昼夜逆転生活を送っていて、重要な会議も、毛に合わせて、夜間に行われた。その為、昼間に睡眠をとるのに、鳴き声が邪魔だと言う理由で、北京の雀退治が行われた。幹部には1日何羽というノルマが課せられたと言う。それでも足りずに、市内全部の小中学校の児童・生徒に雀捕りの号令が掛けられた。

その挙句に、毛は「雀は年間30kgの米を食う」と言いだし、絶滅を命じ、雀狩りは5年間続けられた。記録では北京で年間11億羽が処分されたらしい。しかし当然の報いとして害虫による作物の被害が蔓延し凶作に陥ったため、ようやく雀狩りは取りやめられたのである。バカバカしいのにも程がある。笑えぬ笑い話だ。

今の中国や香港を見たら、テレサはまた涙を流すしか無いだろう。毛沢東を追いかけるように、習近平が皇帝になろうとしている。情報は統制され、監視社会はAIにより、蟻の這い出る隙間もないほどになった。我々は、中国を嘲笑する前に、日本低国が同じベクトルを向いていることを警戒したい。

(出典:フォトAC