(115)・・・<追悼文:転載>お〜い赤パン、何しとるんぞ?!・・・
4年前のある日、突然に、級友、梅谷健彦君(通称赤パン)が死んだと、知らされた。その後、まもなく神戸大医学部OB会(神緑会)誌に追悼文を書くよう依頼があった。長年会ってもいないし、最近の事は何も知らない。だけど、どうしても書きたかったので、すすんで書いた。当時の追悼文を転載しておこう。
同じ下宿で暮らしたこともあり、向こうは嫌がっていたけど、数少ない友人だった。哲学や論理学の試験は、後の席から丸写しをさせてもらった。どの試験前でも、梅谷のノートを写せば、どうにかなったものだ。無欠席の梅谷と、試験にしか行かない僕は、相性がいいわけがない。しかし、類を見ないほどの好人物だったから、辛抱して付き合ってくれたのだ。
神戸大学第一解剖学教室助教授→西脇・加西健康福祉事務所長→兵庫県保健所長会会長
お~い、赤パン。お前が死んだ??嘘じゃろ?嘘じゃろ?
ええかげんな嘘ついたら、いかんぞな。
本当に死んだんか?死んだら、死んだゆうて、何で言うて来んのぞ?
よいよい、なんぼ何でも、ほうがい水臭いがな…。
お前が死んだぐらいで、ショックなんか受けとりゃせんけんな。
どうせ、皆、遅かれ早かれ、塵に帰るんじゃけん、おんなじじゃあ…。
ただな、情報が届くのに、こんなにかかったゆうことは、
神戸は遠くなりにけり…の感慨ぐらいはあるんぞよ。
神戸を2年で離れたんは、神戸大精神科が、あまりに荒んどったからじゃ。当時、2年目くらいの若造には、手に負えんくらいの精神病院の惨状。それに対する医局の無知無能無関心は、単細胞でキレやすかったワシには、耐えられんかった。
ほじゃが、松山に帰っても同じじゃったけん、結局うんざりしたぞな。全国相手の、精神科セカンドオピニオンをやり続けとるんじゃが、日本中、どこも腐り切っとるぞ。
精神医療だけじゃなく、医療というものを、まるで信用できん。癌医療、各種手術、そして、わしを苦しめとる膠原病医療も、底は限りなく浅い。
おいおい、話が脱線しよるがな。
ありふれた弔辞は好かんけど、まあ、あの阪急六甲の下宿(井深邸)を語らぬわけにはいかんじゃろ。
山田(信夫)やおまえに、わしが居り、経済学部や経営学部の後輩たちも居り、それに引っ付いて、薬大の学生まで出入りしよった。岡山や篠山、四国や愛知…遊び人もチョイ悪も出入りして、いつも、知らん奴まで寝泊りしていたような、一体、誰の下宿か分からんような、カオスがあったなあ。
パチンコで最後の100円をスッてしもて、三宮からトボトボ歩いて帰った下宿には、腐りかけた飯ぐらいは残っとって、ホッとしたもんじゃ。
チキンラーメンで、ようやく命をつないだり、質屋に入れるものも無くなって、わしと菊地は、パジャマに裸足で、バイトに行ったりした。
ついには、「万引き団」を結成して、「三宮のダイエーをつぶすぞ」…というスローガンを掲げ、よう盗んだ盗んだ…ハムからパンツまで、よう盗んだものよ。
そんな時、皆に最後の借金を恵んでくれたんが、赤パンじゃった。
皆に道徳を説き、「真面目にやらんと、親が泣きよるぜ」…と一言説教しながら、金を貸してくれた…いつまでも恩義は忘れとらんぞな。
それに勉強も堅実、授業は最前列、学校に行かなかったわしとは大違いじゃったが、性分があまりにも逆じゃったけん、馬が合うたんかもしれんなぁ。
下宿では、ナポレオンと花札が毎晩徹夜で繰り広げられ、その中でも唯一赤パンは孤高と勤勉を貫いた。
皮膚科の卒試なんぞ、一つだけ覚えて行って、まんまとジョーカーを引いたわしを、
「おまえはズルいやつじゃ、許せん許せん!」と本気で怒り、切歯扼腕していたよなぁ…。
恩義は数多く、わしはなんにも返礼せず、歳月は流れた。
いつか、わしの患者(高校生)を家出させて、深夜に関西汽船に乗せて送り出したことがあった。それを、赤パンが面倒見てくれて、随分立ち直らせてくれたのには驚いた。誰も信じられなくなっていた16歳が、「梅谷さんだけは信じれる」…と言うたんぞ…覚えとるか?
長うなって済まんが、最後に一言。
4年生か5年生の時か忘れたけど、勉強もイヤ、医者になるのもイヤ、そんな頽廃の末に辿り着いた第一解剖で、チンパ(武田創教授)につかまりかけた。
アカゲザルの脳標本を100個渡され、鳥距溝sulcus calcarinusのデータを集めろと言われ、ウンザリしとったら、赤パン…お前が代わってくれた。
あれから、お前はチンパに可愛がられ、第一解剖の道を歩むことになった。ワシはその隙に、さっさとトンズラしてしもたけん、多分あれも怒っとるんじゃろうなぁ…。
すまん、すまん、謝るのが今では遅すぎるなぁ。
ほじゃけど、いつもボロクソ言いながら、赤パンには一目も二目も置いとったんぞ。
清廉潔白、質実剛健、華美や贅沢を好まず、ただひたすら実直に生きた。
スバル360がお前の代名詞。
空冷横置きリアエンジンの通称「てんとう虫」は、六甲トンネル以前の六甲山でエンストを繰り返したが、医者にはありふれたBMWやベンツなんかじゃなく、あの車に愛着と誇りを持っとった。
赤パン…おまえは稀に見るええ奴じゃった。感謝も謝罪も、悔恨や懐かしさを込めて、ほなまたな。