(213)・・・巧遅は拙速に如かず・・・

 小さい頃から、すばしっこかった。よその家の、塀の上を走り、お寺の屋根を走り、じっとしていなかった。かけっこは誰よりも速く、特にスタートが早かった。足も速いが手も早く、喧嘩するとすぐに手が出ていたから、教師にはしこたま怒られた。

 小学校上級生になると、どうやら自分より速い子が居ると分かり、市内の小学校対抗陸上大会に行くと、よその学校の選手は、もう1枚も2枚も上だった。

 そんな頃から、学校には早めに行って、早めに遊ぼうとしていた。中学、高校でも、昼休みに遊ぶことが忙しく、弁当は授業中に済ませていた。それを、早弁と言う。

 食事をするのも噛みもせず飲み込むから、何度も何度も喉に詰めて苦しんだ。未だなんにも治らない。これを、早食いと言う。

 せっかちで、早とちりで失敗が多かった。テストも早く仕上げて、早く出そうとする。だから、名前を書き忘れることも度々だった。分からない問題は、全く粘ろうとせず、そこは白紙で出すから、点数には限界があった。それを注意されても、じっくり粘ることが苦手で、もっと言えば、じっとして居る事がしんどいので、極めて落ち着きが無かった。

 滑り止めに受けた日本医大の大学受験でも、20分でさっさと提出してしまい、あっさり落ちてしまう。自分では、どれも90点以上出来たと早とちりしていて、得意のカンニングさえしなかったのは迂闊だった。

 ついでながら、風呂が苦手で、「烏の行水」だから、早風呂である。今は、しんどくて風呂には入らない。便所もゆっくり出来ず、これは早便という。老いぼれてから、前立腺をやられ、小便の回数が多く(頻尿)、夜もゆっくり眠れない。もともと、ショートスリーパーだったから、4時間がいいところ。それが今では、1時間おきに目が覚めるから、寝た気がしない。大便も、直腸に異常があり(検査をしたら、ロクな結果は出ないだろう)、ツムラ51番(潤腸湯)を飲まないと便が出なくなった。あ~あ。

 仕事中毒だから、若い頃から早朝に診療を始め、6時くらいから診ることが普通だった。元気だと、6時から始め19時までやって、それから往診し、帰ったらセカンドオピニオンの電話対応をやっていた。診療も、早いのなんの2~3分診療だったから、皆の不満が多かったが、100人に会おうとすれば、仕方が無かった。これを「早診」という。

 勤務した病院も、腰を落ち着けず、すぐに辞めた。カーッとなると、すぐに結論を出してしまう。いわゆる癇癪持ちだったから、今のボーっとした毎日から考えれば、昔は若かったなぁ・・当り前じゃ!

 診断を分類するのは好きじゃないが、要するに注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもだったのが、徐々に自閉的、マイルール、マイワールドの気難しい大人になり、アスペルガーが顕著になって行った。友達も、昔は少しずつ居たのに、1人切り2人切りして、自分から孤独を求めた。

子どもの頃には、「和気村の神童」と言われていたのに、見事に「ただの人」になった。ええように言えば、早熟タイプじゃったんかなぁ。

 こんなそそっかしい人生を慰めてくれたのが、「巧遅こうち拙速せっそくかず」という言葉である。なんぼよく出来ても、遅いんじゃダメぞ。下手でも、早い方がええんじゃがな。これは、「孫子の兵法」であり、反対語は「急がば回れ」である。

 20代で死ぬことを夢見て、まっしぐらに走り続けたのに、75歳にまで老いぼれた。「老いては騏驎きりん駑馬どばに劣る」じゃけん、難儀じゃのう。

(出典:イラストAC