(124)・・・人生の交差点・・・

 12月17日、大阪の心療内科は、阿鼻叫喚あびきょうかん坩堝るつぼとなった。亡くなった人たちの無念たるや、推して知るべし。

 精神科は、重い重い人生の交差点である。三叉路や四叉路どころか、百叉路、千叉路の雑踏の真ん中に、我々は座っている。だからこそ、日々安易であってはならない。

 僕も、50年近く、その千叉路に居て、未だに生きているのは、幸運でしかない。スパナで後ろから襲われ、柳葉包丁で刺され、往診先では、両手に包丁の青年、金属バットの少年にやられた。首を絞められ、落とされたこともある。覚せい剤の組長に、日本刀を抜かれた時は、あちゃ~!と観念した。味酒心療内科でも、待合室にガソリンを撒かれて、ボヤになったことがある。ずっと忘れていた出来事が、今回のニュースで、急に思い出された。

 またぞろ、「狂った人」「迷惑な男」「どうして?意味が分からない」などと、テレビは言い続けるだろう。世間には、「こっち側」と「向こう側」があって、その間には、大きな川が流れているという間違った常識がまかり通っている。何度でもいうが、人は状況により、あっという間に「向こう側」に行ってしまうのだ。自分の心の中に内包する狂気を、全く自覚できない人こそ、明日はどうなるか分からない。無意識的に、「向こう側」を差別しながら生きているかもしれない。無意識の差別は、思わぬところで反撃にあうだろう。

ただ、ご存知だろうが、これは、精神科クリニックだから起こった事件ではない。家庭内での尊属殺人、電車や会社内でのトラブルなど、どこにでも人生の亀裂が口を開けている。まして、この国の自殺者は、毎日平均80人前後であり、年間2〜3万人である。自殺未遂者は、その20倍、40万人以上だから、どれを取っても、「よそ事」ではない。これでも、「平和な日本」「美しい国、日本」と言う奴は、バカである。

こういう事があると、ますます「患者の選別」が進むだろう。極端に言えば、「女性しか診ない」クリニックとか、「生活保護は診ない」とか、臆病な仕組みが増えるだろう。日精協(日本精神病院協会)の会長、山崎學(アベ友)は、「精神科医にピストルを持たせよ」との妄言を吐いた。こういう男こそ、措置入院にして、「治療」が必要だろう。

通院している病者たちの、肩身の狭さが心配である。ただでさえ、世間の片隅で、目立たぬように生きている。障害年金や生活保護であること自体に、引け目を感じる者も多いのだ。

「どうしたらええんじゃろ?」と誰もが言う。究極には、貧困格差、差別、疎外の無い社会を目指すしかないだろう。今からできること、まず精神科、心療内科には、余程じゃない限り近づかないことだ。

精神科医に言いたい。アンガーコントロールなどと念仏を唱える前に、精神薬処方、特に抗うつ剤&ベンゾジアゼピン薬処方を、出来る限りやめてくれ。医者が、衝動性、攻撃性亢進を作り出してどうする??

我々にとっても、人の人生に向き合うのだから、それなりの覚悟は持っていたい。それが出来ないやつは、精神科医になどならなくてよろしい。

(出典:イラストAC

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