(103)・・・運転マナー・・・

 もう免許を取って50年。危ないこともたくさんあったし、凄まじい事故現場に何度も遭遇して来た。救急車が来るまで、人工呼吸をしたり、止血をして待ったことも何度かある。
もう、瞳孔が開いて、見込みのない人にも遭遇した。

 自分の事故は、3回だけ。いずれも、怪我が無く、比較的軽く済んだものばかり。
一度目は、神戸時代に、新車を買ってすぐに、大学を出て北上中。平野交差点で、青になって進んだら、左から遅れた右折車が、左横っ腹に突き刺さって来た。新車は、サラに交換してもらったが、助手席に人が居たら、生きてはいまい。

 次は、優先道路の無い普通の交差点で、お互いが一時停車せず、エンジンを突き合ったが、五分五分なので、修理代がバカ高かった。

 三回目は、狭い道を走っていて、急に左折して現れたバイクの女性が、真正面から激突して来た。

 若い時は、イライラ気性で、前がノロいと必ず追い越しをかけた。六甲山の登り道でも、10台近く並んでいようが、右側対向車線をブイブイと走り、何台でも抜きまくった。対向車線を走るのだから、前の死角から、急に対向車が現れたりする。そのままでは正面衝突なので、元の車線に強引に割り込んで戻るのだが、「ブーブー」とクラクションを鳴らされ、「おんどりゃあ、死ぬ気か~?」と度々怒鳴られた。

 そんなこともあったが、神戸のマナーは良くて、初心者でもすぐに慣れることが出来た。一度、阪神高速を走って、大阪に行った事がある。交差点では、早い者勝ちで突っ込み合い、タクシーの運転手が、「バカヤロー、のろまは引っ込んどれ!」と怒鳴るし、人相の悪いベンツのおっさんが、車から降りて、「兄ちゃん、ちょっと降りて来いや」と凄む。
 ここが、同じ日本か?と思うくらいで、二度と行こうとはしなかった。

 初めて車で帰省した時は、四国に入ったところでパトカーに切符を切られた。なにしろ、スピードが違い過ぎて、自分はゆっくり走っているつもりでも、周囲からは「飛ばし屋」みたいに目立っていたらしい。特に、松山周辺は、今でものんびりしている。

ここに慣れるのに長くかかったが、未だに慣れないものも多い。今日も、いつものスーパーに行き、イライラしながら帰って来た。余裕のある広いスペースなのに、わざわざケツから駐車をする奴ばかり。その度に、入り口が渋滞し、また次の車も同じことをする。近隣に迷惑なのは、ケツから駐車による排ガスや騒音でもある。

これだけは、外国を見習って、アタマから入ってほしい。そうすれば、渋滞は随分解消されるだろう。どこの駐車場も、壮観というか見事というか、99%の車が、前向きにお行儀がいい?それも、へたくそな奴が、何度も何度も切り返しをやっていて、皆がそれを待っているのだが、次にそいつが同じことをやる。
県外に比べて、松山は程度がひどすぎるのだ。巨人ファンで、トヨタの車なら、もう「付和雷同」になるのは目に見えている。

ノーベル賞を取った真鍋叔郎(愛媛県新宮村出身)さんが、「わたしが日本に帰りたくないのは、人に無理して合わせる能力が無いからです」と言ったのが、印象的だった。やはり、愛媛県大洲出身の中村修二さん(LED)も、日本的同調社会が嫌で、二人ともアメリカに移住している。

話は戻るが、愛媛の運転マナーはかなり悪く、「伊予の早や曲がり」が、有名である。信号で直進しようとすると、向かいの右折車が目の前を横切って行く。道が狭い田舎町であり、気性的にも、スピードは極めてノロい。そんな下手糞運転の街に、「早や曲がり」だけが目立っている。

加えて、「あおり左折」といって、左折直前に、右に膨らんでから左折して行く。レーシングカーじゃあるまいし、のろのろ走っていて、何を格好つけているのか?左隣の車が、急にこちらに寄って来るから、危なくてたまらない。若者に多くて、こういう連中は、右折する時、信号が変わっても、(交差点中央直近まで進まず)停止線の上で待っている。あ~あ、腹が立つわい!

 狭い路地に入ってしまうと、むこうから如何にも下手糞なおばさんが、トヨタのアルファードとかヴェルファイアに乗って、のっそりとやって来る。対向しようとしても、左端に寄せることもせず、ピタッと止まって何もしない。お互いが徐行しながら進めば、十分な余地があるのに、全く動かず、「あんたが動いたらええんじゃがな」という態度である。

 こういうおばさんに、「なんで動かんのぞな?」「こんな腕じゃ、この狭い道は通らん方がよかろがな?」などと言おうものなら、おおごとになる。「脅すんかな?ほな、警察呼ぶけん」と言われたこともあるし、「あんたがバックして、わたしをお通しや」などと、堂々として恥じない。

 ようやく歳をとって、落ち着いた運転になったものの、未だに胸中はウンザリ、げっそりの毎日であるわいな。
俺も生きたや…飄々乎ひょうひょうこたり。(人生劇場、青成瓢吉)

(出典:フォトAC

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