雑言集…(064)【悪戯盛り】
夏目漱石の「坊ちゃん」を
読んだのは、小学校の頃。
自分次第で、幾重にも読める。あんな軽い小説なのに、
持て囃される事が、
不思議に思えていた。
坊ちゃんVS赤シャツの善悪対決。
東京から来た青年教師VS
田舎のよもだ生徒たち。
後者には、世代や文化の対立が、
皮肉いっぱいに描かれている。
中でも、当直教師の蚊帳の中に、
イナゴを放り込んだ
「バッタとイナゴは違うぞなもし」事件…
愉快だった。
松山中学の生徒たちの悪戯や反抗を、
漱石は真っ向から断罪していない。
後の漱石は、中身を伴わぬ
既成の「権威」に対して、
反骨を貫いた。
色々な要素を、
「坊ちゃん」の中に準備していたとしたら、
さすが夏目漱石!と誉めておきたい。
後年の小説「草枕」の、
有名な一文にも繋がって行く。
「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。
情に棹(さお)させば流され
る。
意地を通せば窮屈だ。
とかく人の世は住みにくい。」
これは、理屈っぽくて、
情に弱くて、意地っぱりな
漱石の、「矜持」であり、
あの松山中学の生徒たちの、
「反抗」への共感でもある。
生涯反抗期
「良心と両親は違うぞなもし」事件。
我が高校2年の「倫理」の授業。
へスースバリエスゴンザレス神父。
(我々生徒たちは、
屁がスースーバリバリのゴン神父
と呼んでいた)
「良心は、環境が作るんじゃけん、
生まれつきじゃないぞな」
「イエ ソンナコトハアリマセ~ン」
「良心の無い人だって居るかも知れん」
「イエ ソンナコトハアリマセ~ン」
(ちょっとおちょくりよるだけじゃけん、
そんなに赤鬼みたいにムキになられんよ😜)
「このはし 渡るべからず」を、はじゃなく真ん中を渡った一休さん。
「坊ちゃん 泳ぐべからず」と
今も書かれている道後温泉。
ボッチャンと音がせんように、
悠々と泳いでいた生徒たち。
「南国土佐をあとにして」が流行り、
土佐の高知のはりまや橋で、
坊さんかんざし買うを見た~
よさこ~い よさこ~い♪
ちょうどあの頃、ゴンちゃん神父が、
道後の町で揃い浴衣の別嬪さんと
歩いとった…という噂が流れた
異国の地で、悪戯盛りの生徒に悩まされ、
禁欲生活はさぞ辛かっただろう。
世が世なら、
明治に生まれて松山中学に通い、
坊ちゃん先生と出会いたかった。
理屈っぽくて、意地っぱりで、情に弱い同士…
分かり合えたかも知れんのぉ😁
