(106)・・・パチンコ中毒・・・
昔々、神戸の六甲道駅前に、「タイガー」というパチンコ店があった。20歳の僕は、開店を待ちかねて並び、皆勤賞のごとく通い続けた。開店の「軍艦マーチ」から、飲まず食わずで、閉店の「蛍の光」が流れる11時まで、店を一歩も出なかったこともある。
半世紀も前のことだから、時代錯誤だが、思い出すあれこれの蘊蓄を書いてみよう。
もちろん当時は、電動ではなく、手打ちだった。左手の親指を使って球を入れ、右手の中指でハンドルを支えながら、親指で弾く。腕が上がると、猛烈なスピードで打つことが出来、もちろん状況により、ゆっくり打つことも出来た。二個打ち、三個打ち、四個打ちもやった。流し打ち、落とし打ちを使い分け、親指の角度で、カーブもシュートもかけていた。
ベニヤで出来たパチンコ台は、わずかに奥に傾き、傾きが小さいほうが、球が手前を通るので、よく入った(真鍮で出来た釘は、ㇵの字型で、手前が広い)。釘を見る前に、島によって傾きが違うので、そこを見るのが常だった。
次に、釘を覚えた。毎週、金曜の夜の閉店後、釘師がハンマーで調整をするので、店の隙間から覗き続けたが、それで良い台が分かるはずもない。もちろん、777とかフィーバーとかは無く、全てはチューリップの開き方次第だった。
釘は、天釘4本、命釘2本がメインだが、落とし釘、ハカマ、風車など、見るべき部分は多かった。開いて隙間が大きい方が、球が通りやすいのは当然だが、開きすぎるとブレるので、これも良くない。水平に打ち込まれた釘よりは、上向きの釘が入りやすい。もちろん、狙うのはチューリップである。これが開いてさえいれば、どんどん入るので、チューリップ上部の釘は、特に目を凝らした。一度開いたチューリップは、2個ずつ入れたら、開き続けるので、2個打ち、3個打ちの腕が重要だったのだ。
釘師は、毎日調整するわけじゃないので、前日に出た台をマークし、開店時に競って突入した。雨の日は、ベニヤが湿って、釘が弾きにくいから、よく出ると言われていたが、本当かどうか分からない。当たれば、千両箱に出玉を詰め込み、得意げに換金する。
こう書けば、パチンコ名人みたいだが、ずっと負け続けた。もちろん、程よく勝たせてくれるから、それに目がくらみ、せっかく儲けた金を、一日で吐き出すことになる。教科書は、古本屋に売って無くなり、わずかな家具も質屋に消えた。すっからかんになると、土方のアルバイトに出かけ、金が入るとすぐに注ぎ込んだ。
昔は、台裏におばちゃんが居て、上から顔を出し、球が詰まったら取ってもらう。出が悪いと、皆、台をドンドン叩いて、「おばちゃん、もうちょっと出してや」と頼んだり、常連は、上下でおしゃべりを楽しんでいた。濛々たるタバコの煙の中で、焼酎を飲みながら打っている者も居り、荒れて揉め事も多かった。そういう良くない客は、店の奥から出て来た怖いお兄さんに、路地裏に連れて行かれ、ひどい目に遭わされることになる。
それに比べたら、台裏のおばちゃんたちには、人情があった。「兄ちゃん、今日もまた負けとるなぁ。勉強もせんといかんよ」「そのうち勝つけん、心配せんでもええんぞな」「あれ?兄ちゃん、松山弁じゃろ?」「ほうよ、ほうよ」「おばちゃんも松山ぞな。久米に親が住んどるけん。ほうかな、ちぃと出したるけん、早よお帰りや」などと、おまけを呉れたことも懐かしい。
腕が上がると、本場の十三や三宮に遠征したが、一度も勝った記憶が無い。ある時は、三宮のパチンコ屋で、最後の100円まで使い切り、電車にも乗れないので、2時間半歩いて帰ったこともある。中毒になると、それでも懲りはしない。
その後どうなったか?ある日、突然引きこもり、死ぬことばかり考えるようになった。下宿から一歩も出ず、餅ばかり食って、風呂にも入らず、退廃の闇に埋もれて暮らした。若者で馬鹿者の、情けない日々を思い出すと、よう生きとったものだが、死ぬほどの情熱すら無かったのだ。あ~あ、海に漂う藻屑のような日々じゃったなあ…。
ひらけ、チューリップ(作詞作曲:山本正之、歌唱:間寛平)♪
『ありがとうございます、ありがとうございます。
連日のご来場、店員一同に代わりまして、厚く、厚く御礼申し上げます。
パチンコは、一日の疲れを癒すストレス・鬱憤の捨て所。アナタの腕の見せ所。
一球一魂打ち込む気迫に応えて、開きますチューリップ。
千両箱一杯お出しになれば、アナタワクワク、お店ハラハラ。
どうぞ台をお選びになった上、ごゆっくりお遊び下さいませ。
なお、18歳未満の方のご入場及び磁石の使用、その他不正行為を発見した場合には
お客様自身にもご迷惑がかかります。
暴力追放、明るい遊技場、最後の一発まで
しっかりしっかりお打ち下さいませ~』
♪軍艦マーチに誘われて
三十五個の小さな玉に
望みをたくして きょうもまた
親指体操ひとはじき
オーッ ひらけひらけ
パッとひらけ!チューリップ
たばこの吸いがら たくさんあって
入口出口に近い台 そいつがねらいだ
開放台だ 汗ばむ右手をリラックス
オーッ ひらけひらけ
パッとひらけ!チューリップ
桜吹雪に機関銃 クギ師を相手の大勝負
受け皿いっぱい たまるまで
待っていてくれハイライト
オーッ ひらけひらけ
パッとひらけ!チューリップとなりのオヤジは 次から次と
自由自在に出しつづけ
なのにおいらは八百円め
機械に負けてなるものか
オーッ ひらけひらけ
パッとひらけ!チューリップ
ポケット探って百円硬貨
これが最後だ 出さねばならぬ
その時奇跡か念力か
天に入ったセーフ玉
オーッ ひらけひらけ
パッとひらけ! チューリップ